公的年金の金額は、毎年度、見直しをされています。
この記事では、年金改定の仕組みと、年金改定に大きな影響を与えるマクロ経済スライドの仕組みについてお伝えをしていきます。
また、現在の年金改定とマクロ経済スライドの仕組みは平成16年に作られていますが、実際には特例法などを設け、これまでにもいくつかの変更が加えられ現在に至っています。
ここでは、2021年度(令和3年度)以降に適用される仕組みについてご紹介をしていきます。
年金改定の仕組み
年金改定の仕組みは、年齢により異なっています。
具体的には、その年度において67歳以下の方を「新規裁定者」、68歳以上の方を「既裁定者」と称しています。
現役世代により近い方が新規裁定者、少し離れた方が既裁定者になります。
そして年金改定の仕組みは新規裁定者と既裁定者では違いがあります。
新規裁定者の年金は、現役世代の1人当たり賃金の上昇率に応じて改定されます。
一方、現役世代から少し離れた既裁定者の年金は物価水準に応じて改定されます。
また、年金改定の背景にある考え方は、通常の経済状態であれば賃金も物価も毎年度上昇する。さらに賃金上昇率は物価上昇率を上回ることを前提としています。
もっとも、現実にはこの前提が崩れてしまうことも多かったのも事実で、年金について一定の安定性を維持するため平成16年以降様々な特例を設けてきました。
しかし、この措置は年金財政を厳しくし、将来の年金水準の低下を招くものであることから、平成28年の改正により2021年度(令和3年度)以降は次のルールで年金改定が行われることになりました。
新規裁定者は賃金上昇率、既裁定者は物価上昇率で年金改定が行われるのが原則。
通常であれば賃金も物価も毎年度上昇し、賃金上昇率は物価上昇率を上回るが、実際は異なることが多かった。
年金制度の安定性を保つため、これまでにも様々な特例が設けられていた。
結果として年金財政が厳しくなったため、2021年度以降は新たなルールで年金改定が行われる。
2021年度以降の年金改定の仕組み
2021年度以降の年金改定の仕組みは、次の4つのパターンがあります。
それでは、一つずつご紹介していきます。
パターン1 賃金の伸びが物価の伸びより大きな場合
新規裁定 | 賃金による改定 |
既裁定 | 物価による改定 |
パターン1は、通常の改定とされています。
なお、パターン1は「賃金の伸びが物価の伸びより大きな場合」ですが、具体的には3つの事例があります。
事例1
賃金も物価もプラスで、賃金の伸びが物価の伸びより大きい。この場合、新規裁定も既裁定も、年金はプラスで改定されます。
事例2
賃金はプラスだが、物価はマイナス。この場合、新規裁定はプラス、既裁定はマイナスで改定されます。
事例3
賃金も物価もマイナスだが、賃金のマイナスの方が小さい。この場合、新規裁定も既裁定も、年金はマイナスで改定されます。
パターン2 賃金も物価もマイナスだが、賃金のマイナスの方が大きい場合
パターン1の事例3に似ていますが、パターン2は賃金のマイナスの方が大きくなります。
この場合、2020年度(令和2年度)までは、新規裁定・既裁定とも物価による改定が行われていました。
2021年度(令和3年度)以降は、新規裁定・既裁定とも賃金による改定が行われます。
パターン2に該当した場合、従来よりも年金の減額の幅が大きくなることを意味しています。
パターン3 物価はプラスだが、賃金がマイナスだった場合
この場合、2020年度(令和2年度)までは、新規裁定・既裁定とも改定はありませんでした。
2021年度(令和3年度)以降は、新規裁定・既裁定とも賃金による改定が行われます。
パターン3に該当した場合、従来とは異なり、年金が減額になることを意味しています。
パターン4 賃金も物価もプラスで、物価の伸びが賃金の伸びより大きい場合
パターン1の事例1に似ていますが、パターン4は物価の伸びの方が大きくなります。
パターン4に該当した場合、新規裁定・既裁定とも賃金による改定が行われます。
まとめ
平成16年度に作られた年金改定の背景には、賃金も物価も毎年度上昇することと、賃金上昇率は物価上昇率を上回ることを前提としていました。
ところが現実はそのようにならないことも多く、様々な特例を設けた結果、年金財政を厳しくしてしまいました。
2021年度(令和3年度)以降は、すべての事象に対応すべく4つのパターンを設け、それぞれに年金改定のルールを定めています。
また、従来は賃金よりも物価を重視した改定が行われていた傾向がありますが、物価を重視しすぎると、賃金で日常生活を送っている現役世代との乖離が生じてしまいます。
新たな年金改定は、より現役世代に留意をした仕組みに改められていると考えられます。
なお、年金改定の仕組みは新規裁定者と既裁定者では違いがありますが、実際に違いが表れるのはパターン1の場合のみです。
パターン2~4については、新規裁定者と既裁定者とも賃金による改定と、同一の動きをすることになります。
パターン1 | 賃金の伸び>物価の伸び | 新規裁定⇒賃金による改定 既裁定⇒物価による改定 |
パターン2 | 賃金・物価ともマイナスで賃金の下落がより大きい | 新規裁定・既裁定⇒賃金による改定 |
パターン3 | 賃金のみマイナス | 新規裁定・既裁定⇒賃金による改定 |
パターン4 | 賃金・物価ともプラス 賃金の伸び<物価の伸び | 新規裁定・既裁定⇒賃金による改定 |
マクロ経済スライドの仕組み
マクロ経済スライドは平成16年に設けられた新たな仕組みです。
具体的には少子高齢化を背景とした年金財政のひっ迫を防ぐために設けられた、年金給付水準調整の仕組みです。
マクロ経済スライドは年金額を抑制する仕組みで、マクロ経済スライドが適用される期間を給付水準調整期間と称しています。
給付水準調整期間は永久に続くものではないので、マクロ経済スライドがずっと続くわけではないものの、現状、いつ終了するのかははっきりとしていません。
さて、マクロ経済スライドは少子高齢化を背景としていると書きましたが、マクロ経済スライドにおけるスライド調整率は次の計算式になります。
スライド調整率 = 公的年金制度に加入する全被保険者数の減少率の実績(現役世代の減少) + 平均余命の伸びを勘案して設定した率(高齢者の年金受給期間の増加)
また、年金改定は新規裁定者と既裁定者で異なりますが、それぞれにスライド調整率がマイナスされます。
その原則的な計算式は、次のとおりです。
新規裁定者 | 賃金上昇率 - スライド調整率 |
既裁定者 | 物価上昇率 - スライド調整率 |
マクロ経済スライドによる具体的な調整
マクロ経済スライドは、年金が増額改定されたときに適用されるのが原則です。
したがって、年金が減額改定されたときは、年金の減額は行うもののマクロ経済スライドは適用しないこととされています。
また、年金が増額改定された場合であっても、マクロ経済スライドを適用すると減額となってしまう場合は、一定の調整がかかることになっています。
具体的な調整方法は次のとおりです。
パターン1 賃金(物価)上昇率 ≧ スライド調整率
この場合、スライド調整を行います。
賃金(物価)上昇率がスライド調整率より大きいので、スライド調整をしても年金は増額改定されます。
パターン2 賃金(物価)上昇率 < スライド調整率
賃金(物価)が上昇してもスライド調整率を適用すると年金額が減額改定となってしまう場合です。
このようなとき行うスライド調整は、一部が行われるのにとどまり、年金額は前年度と同じ(据え置き)になります。
ただし、スライド調整率は未適用の部分が残ってしまいます。
パターン3 賃金(物価)が下落
年金改定はルールに基づき実施されます。ただし、年金は減額改定となるのでスライド調整は行われません。
スライド調整率はすべてが未適用となります。
平成30年度以降のルール
パターン2や3の場合、スライド調整率について未適用の部分が発生し、マクロ経済スライドの効果が弱まってしまいます。
そこで平成30年度以降は、未調整部分についてはキャリーオーバーさせ、翌年度以降のスライド調整率に上乗せすることになっています。
まとめ
この記事では、年金改定の仕組みと、年金改定に大きな影響を与えるマクロ経済スライドの仕組みについてお伝えしてきました。
年金改定の仕組みも、マクロ経済スライドの仕組みも平成16年に作られたものです。
しかし、実際には様々な特例などが設けられたため完全実施には程遠く、結果として年金財政を厳しいものにしています。
2021年度以降の年金改定とマクロ経済スライドの仕組みは、この点を大幅に改善したものになります。
これからは、年金額が抑制される仕組みがより強いものになりますが、それでも年金制度の永続化を考えたらやむを得ないものではないでしょうか。
特に人生100年時代と言われるように、長い老後を過ごす方が多くなっていることを考えると、遅ればせながらとはいえ今回の見直しは前向きに考えたい。
個人的にはそのように思っています。