この記事では、在職老齢年金の支給停止額の見直しの内容と、50代の方々に与える影響についてお伝えをしていきます。
さて、公的年金は老齢基礎年金も老齢厚生年金も支給開始は65歳です。
ただ老齢厚生年金は、60歳支給開始が長く続いていたこともあり、今でも性別や生年月日に応じて65歳前から受けられる経過措置があります。
この経過措置の年金を「特別支給の老齢厚生年金」、65歳からの年金を「老齢厚生年金」と称しています。
特別支給の老齢厚生年金も老齢厚生年金も、老後の所得保障という性格を有していますが、今では60歳を過ぎても厚生年金に加入をして働いている方もたくさんいます。
特別支給の老齢厚生年金や老齢厚生年金を受けながらも厚生年金に加入を続けることを、年金独特の用語で「在職」と言います。
そして、在職の状態で給料や賞与も多いのであれば、老後の所得保障は必要ないだろうということで、年金が減額をされます。
この年金を減らされる仕組みが「在職老齢年金」です。
在職老齢年金は、厚生年金保険料を支払ってきたのに、年金が減額される仕組みなので、働く意欲を阻害するのではないかという意見がありました。
そこで2020年3月に国会に提出されたのが「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法案」です。
この法案の趣旨は、働き方の多様化や「人生100年時代」を背景とした老後生活の長期化に対応したもので、在職老齢年金の支給停止額の見直しも盛り込まれています。
この記事では、在職老齢年金の支給停止額の見直しについてお伝えしていきます。
果たしてどのような見直しが行われるのでしょうか。また、50代の方にとって、どのような影響があるのでしょうか。
なお、この法案は2020年5月に可決・成立しており、施行は2022年(令和4年)4月が見込まれています。
在職老齢年金の支給停止額の見直しの対象
特別支給の老齢厚生年金、老齢厚生年金の何れにも在職老齢年金の仕組みは適用されます。
このうち、在職老齢年金の支給停止額の見直しの対象になるのは、65歳までの方を対象に支給される特別支給の老齢厚生年金です。
在職老齢年金の見直しは65歳以上の方にも及びますが、こちらは在職老齢年金の支給停止額の見直しではなく「在職定時改定」制度の創設になります。
在職老齢年金の支給停止額の見直しの内容
在職老齢年金の支給停止額の見直しの対象になるのは、65歳未満の特別支給の老齢厚生年金が受けられる方ですが、どのような点が見直されているのでしょうか。
まず、65歳未満の方に適用される在職老齢年金の仕組みについてお伝えします。
在職老齢年金は大雑把に言うと、年収の12分の1の額(平均月収)と、年金の12分の1(年金月額)を合計して一定額を超えると、年金の一部または全部を支給停止にする仕組みです。
では、それぞれをもう少しだけ細かくご説明していきます。
「年収の12分の1の額である月収」は、その月の給与(標準報酬月額)と、その月以前1年間に受けた賞与(標準賞与額)の合計額を12分の1したもので、年金用語では「総報酬月額相当額」と称しています。
「年金月額」は、その年の年金額を12分の1にした額です。
※ 厚生年金基金がある場合、厚生年金基金は国の老齢厚生年金の一部を「基本年金」として支給します。厚生年金基金の加入期間を有する方は、国の老齢厚生年金が少なくなりますが、在職老齢年金の計算は国支給と基金支給を合算して(厚生年金基金がなかったものとして)行います。
では、ここで在職老齢年金の計算事例を一つご紹介します。
在職老齢年金の計算事例
年額 | 月額 | |
特別支給の老齢厚生年金 | 120万円 | 10万円 |
年収(賞与) | 240万円 | 20万円 |
支給停止額 | 28万円 |
※ 厚生年金基金加入歴はなし。
計算の手順
1 10万円 + 20万円 = 30万円
2 30万円 - 28万円 = 2万円
3 2万円 × 1/2 = 1万円
4 10万円 - 1万円 = 9万円
1 年金月額(10万円)と平均月収(20万円)を合計する。
2 支給停止額(28万円)を差し引く。
3 プラスの数値(2万円)になった場合は、2分の1にして支給停止額(1万円)を求める。
4 年金月額(10万円)から支給停止額(1万円)を差し引き在職老齢年金の額を求める。
この事例の場合、1ヶ月当たり10万円の年金を受け取る権利を有するものの、1万円が差し引かれるので手元に来るのは9万円になります。
それでは次に在職老齢年金の支給停止額の見直しについてお伝えします。
その内容はとてもわかりやすく、支給停止額28万円を47万円に引き上げるというものです。
上記の事例でいえば、年金月額(10万円)と平均月収(20万円)を合計し、支給停止額(47万円)を差し引きます。
年金月額と平均月収を合計しても支給停止額(47万円)以下なので、以前は手元に来るのは9万円であったのに対して、支給停止額の見直しが行われた後は10万円(全額)が支給されるようになります。
なお、65歳以上の方に支給される老齢厚生年金についても支給停止額の基準がありますが、こちらは元より47万円で今回の見直し事項には入っていません。
つまり、法律の見直し後は特別支給の老齢厚生年金も老齢厚生年金も、支給停止額の基準が同じになります。
※ 支給停止額の基準は毎年度見直しをされるので金額が変更されることもあります。
在職老齢年金の支給停止額の見直しが50代に与える影響とは
今回の在職老齢年金の支給停止額の見直しは、特別支給の老齢厚生年金が支給される方が対象です。
特別支給の老齢厚生年金が受けられる方にはメリットがあるものの、経過措置である特別支給の老齢厚生年金が受けられない世代の方に恩恵はありません。
では、特別支給の老齢厚生年金が受けられる方はどのような方でしょうか。
若干の例外はあるものの特別支給の老齢厚生年金が受けられるのは、男性で昭和36年4月1日以前生まれの方、女性で昭和41年4月1日以前生まれの方です。
言い換えると、男性で昭和36年4月2日以降生まれの方、女性で昭和41年4月2日以降生まれの方に、特別支給の老齢厚生年金の支給はありません。
このサイトは「50歳台で考える老後のお金」をテーマにしていますが、この記事をお読みになっている50代の多くの方は、特別支給の老齢厚生年金を受けられない世代ではないでしょうか。
在職老齢年金の支給停止額が、現在50代の方々に与える影響はほとんどないというのが答えになりそうです。
まとめ
この記事では、在職老齢年金の支給停止額の見直しと50代に与える影響についてお伝えをしてきました。
在職老齢年金の支給停止額の見直しについては、以前より改善されたものの、現在50代の方にとってはほとんど影響がない見直しです。
50代の方にとって影響があるとすれば、この記事の冒頭でご紹介した65歳以上の方に適用される「在職定時改定」です。
もっとも、50代の方が65歳を迎えるのはもうしばらく先のことで、さらなる法律の見直しが行われる可能性もあります。
ところで、今回の法律の見直しには「繰上げ」もあり、現在の繰上げよりも支給率が高くなることが見込まれています。
今までよりも繰上げが有利になれば、今後は繰上げが注目される可能性があります。
たとえば、特別支給の老齢厚生年金は既になく、65歳から老齢厚生年金を受けられる方がいたとします。
支給率が良くなるということで、この方が繰上げをしたとします。
そうすると特別支給の老齢厚生年金を受けられる世代でなくても、繰上げにより65歳前から老齢厚生年金を受けられることになります。
しかし、この方が「在職」だと、繰上げした老齢厚生年金が在職老齢年金の仕組みで減額されてしまう可能性もあります。
繰上げをした方は、繰上げ分の減額の仕組みについては知っている場合が多いと思われます。しかし、在職老齢年金の仕組みについてはどうでしょうか。
今までよりも有利になるとはいえ老齢厚生年金を繰り上げると、早く受け取れる反面、年金額は減額されます。
また、在職老齢年金の支給停止額の見直しで金額が引きあがるので、繰上げしても在職による支給停止額が出る可能性は低いものと思われます。
それでも、60歳を間近に控えていて繰上げを検討している方は、念のため法律の見直しを注意深く見ていく必要がありそうです。