この記事では、短時間労働者の社会保険加入条件の見直しについてお伝えしていきます。
2020年3月に「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律案」が国会に提出され、2020年5月に可決・成立しました。
この法律は、働き方の多様化や高齢期の長期化に対応するための見直しが中心になっていて、その中に「被用者保険の適用拡大」という項目があります。
被用者とは、会社員・公務員・私立学校の教職員などです。また、保険と記載されているとおり、この見直しは年金だけでなく健康保険にも及びます。
被用者保険の適用拡大は、厚生年金や健康保険に加入する人を増やすことを目的にしています。
ところで被用者保険の適用拡大は、大きく2つの項目に分けることができます。
1つは企業規模要件の見直しで、もう一つは非適用業種の見直しです。
後者は、これまで非適用業種とされていた弁護士・税理士・社会保険労務士など法律や会計を取り扱う士業について、個人事業所でも常時5人以上使用している場合は強制適用事業所にするものです。
もっとも、こちらの見直しによる影響は軽微にものにとどまります。
この記事では、見直しによる影響がより大きい、前者の企業規模要件の見直しについてお伝えをしていきます。
企業規模要件の見直しは、言い換えると短時間労働者の社会保険加入条件の見直しであり、結果的に厚生年金や健康保険に加入する短時間労働者を増やすことにつながっていきます。
また記事の最後では事例紹介ということで、企業規模要件の見直しで厚生年金に加入した場合、将来の年金がどの程度増えるのかを試算してみました。
目次
短時間労働者の社会保険加入条件(見直し前)
短時間労働者とは、正社員と比較して所定労働時間や所定労働日数が短い人です。
ただし短時間労働者であっても、一定の要件を満たした場合は、健康保険や厚生年金への加入が義務付けられています。
では、見直し前の短時間労働者の社会保険加入条件とはどのようなものなのでしょうか。こちらについては、原則的基準と例外的基準の2つがあります。
原則的な基準とは、いわゆる「4分の3」ルールです。
社会保険の加入条件は、所定労働時間と所定労働日数により決まります。
大雑把に言うと、1週間の所定労働時間と1か月の所定労働日数が共に正社員の4分の3以上であれば、短時間労働者も社会保険の加入義務が発生します。
しかし、これでは社会保険に加入できる短時間労働者が少ないということで、例外的基準が設けられています。
その例外的基準は次のとおり4つあり、すべてを満たすと「4分の3」ルールを満たしていなくても社会保険への加入義務が発生します。
1 従業員数が501人以上であること
2 1週間の所定労働時間が20時間以上であること
3 雇用が1年以上見込まれること
4 月額賃金が88,000円以上であること(金額は基本給と諸手当で判断します。残業代・賞与・通勤手当・家族手当・臨時的賃金等は除きます。)
※ 学生は対象外です。
※ 従業員500人以下でも労使合意に基づき適用対象にすることができます。
では、短時間労働者の社会保険加入条件の見直しとは、上記でご紹介した「原則」と「例外」のどちらに及ぶものでしょうか。
今回の見直しは、「被用者保険の適用拡大」で、その項目に含まれているのは「企業規模要件の見直し」です。
これまで、ご紹介した中で企業規模という言葉が出てくるのは、「例外」規定の中の「501人以上」だけです。
今回の見直しは、従来からあった短時間労働者の社会保険加入条件のうち、「例外」規定を見直すものです。
短時間労働者の社会保険加入条件の見直し
それでは、見直しとなる部分と、見直しにならない部分をそれぞれにご紹介していきます。
まず見直しにならないのは、上記でお示しした中では2と4です。
2 1週間の所定労働時間が20時間以上であること
4 月額賃金が88,000円以上であること
また、学生についても見直しにはなりません。
一方、上記のうち1と3が見直しの対象になります。それでは、1と3について細かく見ていきます。
見直し1 従業員数が501人以上であること
従業員数が501人以上の基準を2段階に分けて引き下げ、社会保険に加入する人を増やしていきます。
第1段階は、501人以上を100人超規模への引き下げを行うもので、2022年10月施行を予定しています。
第2段階は、100人超規模を50人超規模への引き下げを行うもので、2024年10月施行を予定しています。
なお引下げに伴う影響ですが、試算では501人以上を100人超規模への引き下げを行うことで、新たに社会保険加入に加入する人は45万人の増。
100人超規模を50人超規模への引き下げを行うことで、新たに社会保険加入に加入する人は20万人の増(2段階の引き上げで全体では65万人の増)になることが、見込まれています。
※ 企業規模の従業員数は、フルタイムの労働者と4分の3ルールに該当する短時間労働者で判断をします。
※ 企業規模の従業員数は、法人の場合は同一の法人番号を有する全事業所単位、個人事業主の場合は個々の事業所単位で行います。
※ 企業規模の従業員数は、月ごとに従業員数をカウントし、直近12月のうち6か月で基準を上回ると適用対象になります。
まとめ
規模の見直し | 施行予定 | 被保険者の数 |
501人以上⇒100人超規模 | 2022年10月 | 45万人の増 |
100人超規模⇒50人超規模 | 2024年10月 | 20万人の増 |
見直し2 雇用が1年以上見込まれること
「雇用が1年以上見込まれる」を、「2か月を超えて雇用が見込まれる」と見直しを図ります。
施行は、2022年10月を予定しています。
まとめ
今回の見直しは、国の立場からすると社会保険の財政が厳しいので、扶養の範囲を狭めて少しでも社会保険料を徴収していこうというものです。
一方、私たちにとって短時間労働者の社会保険加入条件の見直しは、どのような影響があるのでしょうか。
正直に言えば、よくわかりません。
今回の見直しは、社会保険加入条件を対象にしたもので、年金だけでなく健康保険にも及びます。
また、税金や家族手当など会社独自の各種手当にも及ぶ可能性があります。
要はその方が置かれている状況によって、メリット・デメリットはそれぞれに異なるので、影響については正解がないというのが一番近いような気がします。
ただ、このサイトは「50歳台で考える老後のお金」をテーマにしています。
そこで、この記事の最後に、老後のお金の柱になる年金に及ぼす影響について、私の試算をご紹介していきます。
事例 55歳の専業主婦(国民年金第3号被保険者)
厚生年金加入歴はなく、20歳から55歳まで国民年金(第1号被保険者と第3号被保険者で未納はなし)
55歳から60歳まで第3号被保険者だった場合
5年間で支払う国民年金保険料 | 0円 |
5年間で作られる老齢基礎年金 | 約97,700円 |
55歳から60歳まで厚生年金に加入した場合
給与 | 月額11万円、賞与なし |
5年間で支払う厚生年金保険料 | 約604,000円 |
5年間で作られる老齢基礎年金 | 約97,700円 |
5年間で作られる老齢厚生年金 | 約36,000円 |
考察
第3号被保険者は、自らが国民年金保険料を支払っていなくても支払ったとみなされ、老齢基礎年金が支給されます。
一方、厚生年金に加入すると厚生年金保険料の納付義務が発生します。(厚生年金保険料は労使折半です。上記の5年間で支払う厚生年金保険料は労使折半後の金額です。)
なお、厚生年金保険料を支払うことで老齢厚生年金になりますが、60歳までは同時に国民年金保険料を支払っていることになります
したがって上記の事例では、厚生年金保険料を支払うことで、老齢基礎年金と老齢厚生年金の年金額に反映します。
まとめ
国民年金第3号被保険者のままであれば、国民年金保険料を直接に納付しなくても、5年の期間で97,700円の老齢基礎年金を作ることができます。
一方、厚生年金に加入をすれば、97,700円の老齢基礎年金だけでなく、36,000円の老齢厚生年金も作ることができます。
ただし、その前提として604,000円の厚生年金保険料の負担が発生します。そうすると厚生年金に加入して直接的に得られる効果は老齢厚生年金のみになります。
では、損益分岐点はどこになるのでしょうか。
5年間で支払う厚生年金保険料約604,000円 ÷ 5年間で作られる老齢厚生年金約36,000円 = 約17年
あくまでも試算ですが、損益分岐点は約17年。老齢厚生年金の支給開始は原則65歳なので、82歳頃に元が取れる計算になります。
これをどのように判断するのは難しいところですが、平成30年の簡易生命表によれば、65歳男性の平均余命は約20年、65歳女性の平均余命は約24年。
損益分岐点は17年なので、統計だけを考えれば男性も女性も元がとれそうです。
今まで社会保険の加入を避けてきた人でも、法律の見直しで加入する人は増えていきます。このことを悲観的にとらえる人も多いとは思いますが、できればポジティブに考えたいところです。
社会保険を損益分岐点で考えるのは、社会保険本来の趣旨から見たら違うというお叱りはあるかもしれません。
でも、ここでは少しでもポジティブにとらえられるように試算をしてみました。どうやら、長生きをすればするほど、厚生年金加入にはメリットがありそうです。