「人生100年時代」の言葉が一般化しつつありますが、一方でネガティブな問題も注目されるようになってきました。
その代表ともいえるのが「老後資金2000万円問題」です。
老後資金2000万円問題のきっかけとなったのは、2019年6月3日付けの『金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」』です。
この報告書の中で、「老後の不足額の総額は単純計算で1,300 万円~2,000万円になる。」という記述が、その後の老後資金2000万円問題に発展をしていきます。
報告書は、金融の専門家や大学教授などいわゆる有識者で構成された「市場ワーキング・グループメンバー」により作成されたもので56ページで構成をされています。
報告書では根拠を示すための統計データがたくさん用いられていて、視覚的には見やすいものですが、専門用語も多数用いられているので読みこなすのは少し大変なようです。
そこで、この記事では老後資金2000万円問題の端緒となった報告書を要約してご紹介することにしました。
老後資金2000万円問題はいまや誰でも知る言葉になっていますが、改めてそのきっかけとなった報告書の内容を、報告書の記載に沿って「はじめに」から「おわりに」まで簡単解説していきます。
目次
はじめに
人生100年時代に備え、個人は資産形成に取り組む必要がある。一方、金融サービス提供者は、それに沿ったサービスを提供することが要請されている。
現状整理(高齢社会を取り巻く環境変化)
平均寿命は男性約81歳、女性約87歳で今後も更なる長寿化が見込まれているが、高齢世帯では資産保有状況も一様ではなくなっている。
そこで、まずは高齢社会を取り巻く環境変化について、現状や今後の見込みを確認していく。
確認する項目 ⇒ 人口動態、収入支出の状況、金融資産の保有状況、金融環境
(1)人口動態等
ア.長寿化
1950年頃、男性の平均寿命は60歳であったが、現在は81歳まで伸びている。また、現在60歳の人の4人に1人は95歳まで生きるという試算もある。
ただし、健康寿命は男性約72歳・女性約75歳なので、平均寿命から考えると9~12年は日常生活に制限が加わる形で生活を送る可能性もある。
日常生活に制限があると、就労による収入減少だけでなく、介護費用などの支出の増加も見込まれる。
イ.単身世帯等の増加
最近は少子化により夫婦のみの世帯が増えている。さらに単身世帯の割合も急速に伸びている。
また60歳未満については、持ち家比率の低下が著しくなっている。
ウ.認知症の人の増加
65歳以上の7人に1人は認知症になっていて、その人数は増加傾向にある。
この傾向は今後も続き、2025年には認知症の人は700万人、65歳以上の5人に1人が該当することが見込まれている。
金融面では、金融資産の大半は高齢者が保有している。今後は高齢者の金融資産を管理することが重要な課題になってくる。
(2)収入・支出の状況
ア.平均的収入・支出
収入面については、バブル崩壊以降、各世代の収入は全体的に低下傾向にある。一方、税や保険料の負担は増加している。
さらに公的年金の水準は調整されていくことが見込まれている。
支出面については、特に30代半ばから50代にかけて金額の低下が顕著になっている。
この傾向は長らく続いているため、平均的な高齢夫婦無職世帯では毎月の赤字額は約5万円(54,520円)で、補填は各人が持つ金融資産により行われている。
※ 毎月の赤字額約5万円の計算式
毎月の収入額 | 209,198円 |
---|---|
毎月の支出額 | 263,718円 |
収入額-支出額 | △54,520円 |
※ 収入209,198円の内訳
社会保険給付(年金など)191,880円(収入全体の約92%)、その他として勤め先収入・事業収入など。
※ 支出263,718円の内訳
食料・住宅・光熱水費、保健・医療費、交通・通信費、教養娯楽費など。
イ.就労状況
2016年の時点で、65歳~69歳の男性は55%、女性は34%が働いている。
また、60 歳以上で仕事をしている人を対象にした調査では、半数以上が70歳以降も働きたいという意欲を持っている。
一方、若年層は働き方が多様化していて、スキルを身につけていれば長く働ける可能性も高くなる。
しかし、一つの会社に留まらない場合も多くなっているので、退職金については不利な面もある。
ウ.退職金給付の状況
退職金給付制度がある企業の割合は徐々に低下をしてきている。
また、退職金の額も近年減少している。給付額の平均は1700万円~2000万円であるが、これもピーク時より3~4割程度減少している。
退職給付制度は今後も減少傾向が続く可能性があるので、退職金の動向や金額の見込みは早い段階からよく確認しておく必要がある。
なお、退職金を受け取った人のうち4人に1人が退職金を投資に回していて、そのうちの約半数は退職金の1~3割の金額を投資に回している。
退職金は高額であり投資に回す金額も多額になる。投資をする際は、金融に関する知識をあらかじめ身に着けておくことが望ましい。
(3)金融資産の保有状況
金融資産の保有状況はバラツキが大きいので、平均を使って述べることは難しい。ただ全体的な傾向としては、シニア層の保有割合が高くなっている。
65歳時点での金融資産の平均保有状況は下記のとおりである。
夫婦世帯 | 2252万円 |
---|---|
単身男性 | 1552万円 |
単身女性 | 1506万円 |
ただし、住宅ローンなどの負債がある場合は、その点も考慮に入れて金融資産を考える必要がある。
「(2)収入・支出の状況のア.平均的収入・支出」で、「平均的な高齢夫婦無職世帯では毎月の赤字額は約5万円(54,520円)で、補填は各人が持つ金融資産により行われている。」と記載した。
老後が20年続くと1300万円、30年続くと2000万円、金融資産からの取り崩しが必要になる。
※ 20年の場合 (1か月54,520円×12月)×20年=13,089,600円≒1300万円
※ 30年の場合 (1か月54,520円×12月)×30年=19,627,200円≒2000万円
なお、支出に関しては基本的な生活費は含まれているものの、老人ホームなどの介護費用や住宅のリフォーム費用など特別な支出は含まれていない。
このあたりを考慮に入れると金融資産はさらに必要になってくる。
したがって、老後のライフ・マネープランは早い時期からの検討が重要になってくる。
(4)金融環境に対する意識
内閣府の調査では、「老後の生活設計を考えたことがある」と回答した人は67.8%、「ある」と回答した人に理由は何かという質問に対しては、多数が「老後の生活が不安だから」と回答している。
また別の調査では、老後に対する不安要因として50代以下の世代では「お金」が第1位となっている。
(60代以上の第1位は「健康」、2位「認知症」、3位「自らの介護」、4位「お金」)
老後のお金の不安に対する方法としては、第1位「働く期間を延ばす」、第2位「節約をする」となっているが、「若いうちから少しずつ資産形成に取り組む」も第4位にランクしている。
一方、公的年金以外に老後のお金を準備する方法は様々にあるが、「証券投資(株式や債券、投資信託など)」をあげた人は低い水準にとどまり、意識と行動が異なる結果になっている。
投資を行わない理由としては「資金がない」「知識がない」「購入方法がわからない」などがあげられ、顧客だけでなく金融機関側にも問題があることがうかがえる。
基本的な視点及び考え方
現状整理を踏まえたうえで、個人及び金融サービス提供者がともに認識することが望ましい事項が次のとおりいくつか考えられる。
(1)長寿化に伴い、資産寿命を延ばすことが必要
老後資金の不足額1300万円~2000万円は平均値なので、人によって状況は大きく異なる。
ただ長寿化の進展を考えると、より多くのお金が必要になる可能性もあり、資産寿命を延ばすことが必要になってくる。
まずは男女別の平均余命などを参考にし、老後生活で公的年金以外でどの程度のお金が必要か考えることが大切である。
具体的には
現役世代の場合は、長期・積立・分散投資による資産形成の検討
リタイヤ期前後の場合は、就労・金融資産・退職金などの現状分析の上、老後の資産管理の検討
が重要になってくる。
(2)ライフスタイル等の多様化により個々人のニーズは様々
ライフスタイルの多様化に伴い、標準的なライフプランが当てはまる人は少なくなっている。
今後は、個々人が自分自身の状況を「見える化」した上で対応する必要がある。
(3)公的年金の受給に加えた生活水準を上げるための行動
公的年金制度は老後の収入の柱であることに変わりはないが、今後は給付水準の調整が進められていく。
そのため、各人が資産形成・運用といった「自助」の充実を行っていく必要がある。
(4)認知・判断能力の低下は誰にでも起こりうる
高齢就労者は多くなっているものの、認知・判断能力の低下は誰にでも起こりうる。そのための事前の備えの重要性が増してくる。
考えられる対応
(1)個々人にとっての資産の形成・管理での心構え
資産寿命を延ばす観点から、人生の各ステージに応じて次のようなことが考えられる。
現役期
早い時期から資産形成の有効性を認識する。
資金については、元本保証の預貯金等で確保しながらも、少額からでも長期・積立・分散投資による資産形成を行っていく。
自らのライフプラン・マネープランを検討するとともに、顧客利益の重視という観点を持ち長期的に取引できる金融サービス提供者を選ぶ。
リタイヤ期前後
老後が長くなることを前提に、計画的な資産の取崩しを考える。
退職金がある場合は、ライフプラン・マネープランを再検討する。
必要があれば収支の改善策を実行する。
中長期的な資産運用(長期・積立・分散投資等)を継続する。
高齢期
心身の衰えに備えて、医療費、老人ホーム入居費等マネープランを見直す。
心身の衰えに備えて、取引関係の簡素化などを図る。
心身の衰えに備えて、他者のサポートを検討する。
(2)金融サービスのあり方
顧客本位の業務運営の徹底を図る。サービスの持続可能性や顧客の利用しやすさを配慮する。
(3)環境整備
ア.資産形成・資産承継制度の充実
長期・積立・分散投資で資産形成を支援する制度として「つみたてNISA」と「iDeCo」がある。
つみたてNISAもiDeCoも利用者は増加しているものの、普及が進む余地も大きいので一層の制度周知に努める。
住宅面では高齢者の持ち家比率は高いので、住宅資産を有効に活用できる環境整備と、そのための施策の推進が望まれる。
また、資産承継に関する制度のあり方も検討課題である。
イ.金融リテラシーの向上
資産形成・資産承継制度の充実とともに金融リテラシーの向上も重要である。特に長寿化の進展等で、金融リテラシーの向上は一層の工夫・強化が必要である。
※ リテラシー(literacy)とは、適切に理解・解釈するとともに、表現するという意味。金融リテラシーとは、知識をもってお金やお金の流れを理解し、適切な判断力を持つことと解されている。
ウ.アドバイザーの充実
多様な商品・サービスを適切に選択するには、アドバイザーの存在が重要である。
一番身近な存在は金融機関のアドバイザーであるが、全体を俯瞰したアドバイスを行うのは難しい。
アドバイザーとなり得る主体としては、フィナンシャルプランナーなど様々な業者が考えられる。
エ.高齢顧客保護のあり方
高齢期における顧客については、一定年齢以上の高齢者に対して他の顧客と違う対応を行っていることもある。
このことには一定の合理性は認められるが、本来は個々人に応じた対応が望ましい。
今後は、本人意思の尊重と財産保護の両立を図るための方策を関係省庁等が連携して検討していくべきである。
おわりに
心豊かな老後を楽しむためには、健康と同様にお金も重要で、長寿化に応じた資産寿命を延ばすことが大切である。
2025年になると団塊の世代が75歳を迎える。75歳を超えると認知症有病率は大きく上昇すると考えられているので、事前の準備が必要である。
また2030年頃には団塊ジュニアの世代も60代となり資産の取り崩し期を迎える。
そのための対策は必要だが、生き方の多様化とともに各人のライフプランも異なってくる。
個人のライフプランは早いうちに考えることが望ましい。
管理人によるまとめ
報告書「高齢社会における資産形成・管理」は56ページで、本文36ページ、付属文書20ページで構成されています。
この記事では、老後資金2000万円問題の端緒となった報告書を「はじめに」から「おわりに」まで要約してご紹介してきました。
老後資金2000万円問題は世間を大きく騒がせましたが、報告書で2000万円という金額に触れているのはほんの一部です。
この報告書の目的は、心豊かな老後を楽しむためには健康と共にお金も重要で、資産寿命を延ばすのが大切であること。
そして、個人のライフプランは早いうちに考えるのが望ましいということに主眼を置いたものです。
ここで、老後資金2000万円問題の根拠数字を改めてお示しすると、高齢夫婦無職世帯の毎月の赤字額は約5万円なので、老後が30年続くと仮定すると赤字の総額2000万円は金融資産から取り崩しが必要になるというものです。
この赤字額の中には、住宅ローンの返済や住宅のリフォーム費用などは含まれていないので、これを考慮に入れるとさらに不足額は増えてしまう可能性はあります。
ただ、ここでの前提は「高齢夫婦無職世帯」であり、使っている数字も統計資料の平均値です。
報告書を作成するときは、前提を設定しなければいけませんし、統計資料も平均値を使うことが一般的です。
でも報告書の記載にもあるとおり、一人一人のライフプランは異なるはずですし、お金に対する考えも違うのも当たり前のことです。
恐らくですが報告書の作成に携わった方々も、本当に伝えたかった趣旨ではなく、2000万円という数字が独り歩きしたことに驚いているのではないでしょうか。
これから老後を迎える方は、それぞれに老後のライフプランを考える必要はあると思います。
でも、老後資金2000万円問題に振り回される必要はまったくありません。老後資金2000万円問題は知識として頭の片隅にとどめておく程度でよいのではないでしょうか。
あくまでも私見ですが、私自身はそのように思っています。